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マリアンヌは、小さく息を吐いた。 「そこで断る事を選択できるほど、あの子は強くはないわ」 10歳の頃から7年もの間、主に認められることなく、守ることも許されず、息を殺して生きてきたのだ。あれだけの能力があれば、自分なら、自分こそが、という思いだって湧いていただろう。だが、ルルーシュは頑なに拒み続け、その才能を認めること無く、とうとう騎士を解任してしまった。 「なに、枢木はまだ17歳。他の者の騎士として経験を積むのも悪くはないだろう」 だが、とシャルルは眉を寄せた。 「このままでは、枢木は二度とアリエスに戻る事は叶わぬ」 「そうなのよ。ユーフェミアの騎士となった以上、あの子はユーフェミアの、リ家の持ち物よ。このままでは、私は手が出せなくなるわ」 皇族としての位も皇妃としての位も、全てにおいてヴィ家はリ家に劣る。上位の皇族の持ち物に対し口を出す事はすべきではない。このまま話が進めば、マリアンヌはスザクと関わることが不可能となってしまう。 幼い頃から、どんなにルルーシュが嫌がっても常に傍にいた少年。 あまりにも近くにいすぎて、しかもどこかなれなれしい態度から、シャルルはスザクの事はよく思っていなかったが、あれほどの忠誠心を7年見せられれば、騎士として認める気持ちだって出てくる。 あれほどの忠臣を、望まぬ主の元へ行かせていいものではない。 ルルーシュの傍にいてこそ、あの翡翠は輝くのだから。 「あの子が先に手を打ってしまったから、こちらの策はもう使えないわ」 「それは仕方のない事だ。いま大事なのは、これからどう動くか、だ」 スザクの騎士を解任しようとするルルーシュを止め、せめて現状維持をと、シャルルとマリアンヌは秘密裏に画策していたのだが、もうその段階は過ぎてしまった。 「ええ。どうにかして接点は残さないと」 「さて、どうしたものか」 皇帝は深く椅子に背を持たれ掛け、その両目を閉じた。 叙任式。 皇族の騎士となった以上、通らなければならない道だ。 ルルーシュの騎士となった時は簡易的な物で終わらせたため、これほどまでに盛大な叙任式では無かったなと考えながら歩みを進めた。 僕は今、目の前の女性に忠誠を誓う。 ルルーシュの騎士である事を捨てたわけでも、諦めたわけでもない。 だが、彼女の言う通り、一度離れて経験を積む。 いや、経験と言うよりは、名声を手に入れる事を選んだ。 何より、ここで騎士の地位を失ってしまえば、自分はただの人質に戻る。 日本とブリタニアの戦争を回避し、同盟国だという事を示す人柱。居るだけでいい。そんな存在になってしまえば、もう二度と彼の元に戻る事は出来なくなるだろう。 たとえどのような場所でも、この国での地位を得、どのような立場にいても彼を守れる力を持っていることが大事なのだから。 これは危険な賭けでもあった。 今までとは違う恵まれた環境、そして理想ともいえる主が揃うのだから。 彼女に頭を垂れ、彼女と騎士として生きることも、自分は望んでいる。 ユーフェミアは優しさに溢れた慈愛の姫。 穢れを知らない純真無垢な姫君を守る騎士。 彼女を護り、彼女のために生きる。 それは、何物にも代えがたい甘美な誘惑だった。 その誘惑に耐え、いつか必ず、君の元へ戻る。 彼女は自分に、忠誠を誓う事を求めていないと言った。 自分の元に来て、ルルーシュの元では得られない経験をしなさい。 貴方がこれからの人生を、後悔せず生きられる道を見つけるために。 そう彼女は慈愛に満ちた笑みで告げた。 彼女の言葉に甘え、彼女が差し伸べた助け船に乗るのは男として滑稽な話だが、僕は迷わずその手を取った。 だからこれは二君に仕える事にはならない。 僕の主君は、僕の王は君だけだとあの日、誓ったのだから。 壇上で待っていたユーフェミアの足元に傅き、儀式を始める。 凛とした透き通るような彼女の声が、大広間に響き渡った。 |